「禅とジブリ」

禅。
マインドフルネスの源流。雑念が多い私に、今必要なものなのではないか。
ふんわりそんなことを考えつつも、宗教的な繋がりがまったくない土地に、禅なんて。
時折カルチャーセンターのマインドフルネスの講座をしげしげと見ていた。
そんなときに見つけた本。
「禅とジブリ」。
しっくりこない組み合わせ。
読みたかったのは住職の細川和尚とジブリの鈴木さんの対談だ。
この和尚さん、和尚といっても、生まれが1979年。
もう自分が年下の方から説法を聞く年頃になったのかと思うと、なんとも不思議な気分だ。
そんな若い和尚のことを知ったのは、ジブリからでている「熱風」という小冊子の中で連載をもっていたから。ジブリの映画のワンシーンと禅をからめた話がなぜか意外と面白い。
たまたま読んだ「熱風」最終回に、「道楽とはもともとは仏教用語で「仏道を明らかにしていくのを楽しむ」」というようなことが書いてあった。禅って、実は楽しいものなのかと、少し興味がわいた。
「禅とジブリ」を少し読んでみたところで驚いた。
達磨の掛け軸。
うちの実家にも同じような絵がある。
あの達磨、臨済宗の「白隠」という方の絵なのか。
細川和尚が所蔵している「達磨絵」は本物らしいが、我が家のものは怪しい。
だけど、ひいおじいちゃんか誰かが達磨絵らしきものを手に入れていた。
自分と禅がつながるところがあるなんて。
この本では、鈴木さんと和尚さんがジブリ映画のシーンで盛り上がる。禅の話とジブリの話が半々。まさにタイトルどおり。禅が楽しいなどとは書いてはいなかったが、坐禅会に若い人が多くなってきているとあった。なんだ、私みたいな、雑念が多い、定まらない人が増えているんじゃないの。
この本で、坐禅とは、
今の時代、「何かをしたら何かを得たい」という気持ちがすごく強い。
坐禅とは何かを得るというより、捨てる場だと思うんです。
自我を捨てて、自己を見つめる。
怒りや悲しみを調合するのは自分。
自分と向き合って、なにを捨てるべきか、どうバランスをとるべきか。
分からないけれど、禅の世界で生きる和尚さんのお話はすごくためになった。
ちなみに、自分と向かい合うのは大事ですが、夫婦は向かい合ったらダメらしいですよ。
相手の嫌なところがみえちゃうから。
これは鈴木さんの名台詞。

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かぞくすたいる

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